最近よく耳にする「エモい」という言葉。その正体について考えたことはありますか?
私なりの結論は、それは「時間の積み重ね」を感じた時に湧き上がる感情のこと。
人生を一器の「砂時計」に例えると、上の器にあるのが未来という名の「希望」、下に溜まるのが過去という名の「エモさ」です。
本記事では、砂時計の砂が落ちる速度や、その一粒に刻まれた物語について綴ります。
今、あなたの砂時計はどんな音を立てているでしょうか。
目次
エモさの正体は「時間の積み重ね」である
最近、「エモい」という言葉の正体について考えています。
私なりの結論を言えば、それは「時間の積み重ね」を感じた時に湧き上がる感情のことです。
この感覚を説明するのに、これほど腑に落ちる言葉を他に知りません。
キーワードは、「砂時計」です。
砂時計の法則:上の器は「希望」、下の器は「エモさ」
砂時計を思い浮かべてみてください。
私たちは生まれた瞬間、上の器にたっぷりと「未来」という名の砂を詰めてやってくるのです。
赤ちゃんの砂時計に詰まった「希望」という動的なエネルギー
赤ちゃんの砂時計は、上がパンパンです。下にはまだ何も溜まっていません。
だから赤ちゃんには、過去を振り返る「エモさ」はないのです。
その代わり、これから何にでもなれる、どこへでも行けるという圧倒的な「希望(動)」のエネルギーが詰まっています。
時を重ねた器に降り積もる「エモさ」という静かな深み
一方で、時を重ねた人の砂時計はどうでしょうか。
上の砂は残り少なく、下の器には膨大な砂が降り積もっています。
その一粒一粒には、出会いや別れ、苦労や喜びといった「物語」が刻まれています。
この、二度と戻らない、確定した過去の堆積。これこそが「エモさ(静)」の正体です。
「希望」は眩しい光のような動的な力であり、「エモい」は熟成された琥珀のような静かな深みであると言えるでしょう。

人生の輪廻と、受け継がれる「未完のエモさ」
この砂時計は、いつかひっくり返る時が来ます。それを世間では「輪廻」と呼ぶのかもしれません。
もし、砂をすべて落としきる前にひっくり返されたらどうなるでしょうか。
下の器に貯まりきらなかった「未完のエモさ」は、そのまま次の人生の「上の器」へと引き継がれます。
だから、生まれながらにどこか憂いを帯びた、妙に大人びた「エモい赤ちゃん」が生まれることもあります。
それは前世から持ち越した、魂の宿題のようなものです。
砂の総量は万人において均等かもしれませんが、砂が落ちる速度は人によって、あるいは瞬間によって変わります。
濃密に生きる時、砂はゆっくりと、重力(エモさ)を増しながら落ちていくのです。
希望もエモさも、どちらも等しく「幸せ」の形
「上が空っぽになったら、もう希望はないのか?」 「下が空っぽだったら、深みがないのか?」
そんな問いには意味がありません。なぜなら、どちらの状態も幸せだからです。
希望という「動」に身を任せる眩しさも、エモさという「静」に浸る慈しみも、同じひとつの砂時計が刻む命の断片に過ぎません。
もし、この砂時計を光の速度で回転させることができたなら、過去(エモさ)と未来(希望)は混ざり合い、境界を失い、時は止まります。
そこにあるのは、ただ「今」という一瞬の純粋な輝きだけなのです。
まとめ:今日という一粒の砂を、大切に積み上げる
あなたの砂時計は今、どんな音を立てて砂を落としているでしょうか。
上を見ても、下を見ても、そこにあるのはあなただけの「幸せ」の形です。
さあ、今日も一粒。 あなたの下の器に、エモい砂が積もります。
と、Geminiが言っていますよw
この記事を書いた人
【免責事項】
山口亨(中小企業診断士) UTAGE総研株式会社 代表取締役
公的支援機関を中心に、長年にわたり中小企業支援に携わる経営コンサルタント。
代表著作に「ガンダムに学ぶ経営学」「ドラクエができれば経営がわかる」がある。








